名もなき声に耳を澄ます

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4/29「はじまりの集い」
ご来場、ご視聴いただきありがとうございました

By Yu Koseki | 2023.05.10

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4/29「はじまりの集い」ご来場、ご視聴いただきありがとうございました

シンポジウム当日、陽が差すと暑いくらいの陽気の中、西本願寺は参拝式や飛雲閣の慶讃茶席に訪れる方で大変なにぎわい。

正午のコンサートでは、二階堂和美さんの力強く優しい歌声が外にまで響き、励まされるような気もちで受付をしていました。
当日受付の方も多く、慶讃法要の機会に、多くの方に問いと気付きを持ち帰っていただけることを思うと、始まる前からありがたい気もちでいっぱいでした。

お陰さまで御影堂はお客さまでいっぱいになり、浄土真宗本願寺派第25代ご門主からお言葉を頂戴し、武蔵野大学西本学長の開会の辞により「はじまりの集い」が開会しました。

【オープニングメッセージ】デービッド・アトキンソンさん

David Atkinson

デービッド・アトキンソン

株式会社小西美術工藝社 代表取締役社長。元ゴールドマン・サックス証券金融調査室長。裏千家茶名「宗真」拝受。オックスフォード大学「日本学」専攻。2009年、創立300年余りの国宝・重要文化財の補修を手がける小西美術工藝社入社、取締役就任。2010年代表取締役会長、2011年同会長兼社長に就任
し、日本の伝統文化を守りつつ伝統文化財をめぐる行政や業界の改革への提言を続けている。

オープニングメッセージをいただいたのは、デービッドさん。
ご門主のお言葉から、武蔵野大学西本学長の開会の辞と続き、どことなく厳粛さと緊張感が漂う会場。
これはいったいどんなシンポジウムなのか・・・と、様子を窺う雰囲気も客席にはあったように思います。

そのような中、デービッドさんは「まず個人的なところから」と、幼少期のお話をユーモアを交えて語ってくださり、お人柄が見えるお話に場内がほぐれたのでした(ご自身はイギリスの小さな村で生まれ育ち、「先祖に恥のないように生きなさい」と言われ続け、それは日本の「先祖代々云々」という考え方に近いものだったそうです)。
落語でいう”枕”のような、くつろいで話を聞ける場を作ってくださったように思い、私も入っていた力が解けていくのを感じました。

文化財修復の老舗企業である小西美術工藝社を継承されたデービッドさんは、日光東照宮の陽明門の修復を手がけた際、神さまと職人以外は目にすることのない場所まで彩色されていたことに大変驚いたそうです。
そして、あるテレビで “誰にも見えない部分の修復について” 取材を受けた職人さんの話を「日本で一番感動し影響を受けた言葉」として紹介してくださいました。

私たちは、360年続く陽明門の修復サイクルの中で一瞬を担当しているにすぎません。最近では職人が名前を出して話をしていることも多いですが、私たち小西美術の職人は無名のままでいたい。長い歴史の中で名前が刻まれる必要はありません。私たちはいま生きている人のために仕事をしているわけではないのです。50年後にまた修理をする職人が、飾り金具を外し、誰にも見えない場所まで細かく正しく美しく施工されている仕事を見たときに、「やはり私たちも歴史に恥のないようにしないといけない」と思ってもらうために仕事をしています。次の世代を挑発しているのです。
(小西美術工藝社 職人)

最後には、「非公開ですけれども・・・」と笑って前置きをして教えてくださった家訓を披露してくださいました。
─ 私たちはこの世界に生きているのではない、将来からこの世界を借りているにすぎない ─
この世界は私たちの所有物でなく、借りているものであるということ。日光東照宮の陽明門も将来の世代に託するものであり、その人たちに借りているのだということ。

受けつがれてきたポジティブな遺産を、未来世代へ渡すために、私たちはいかにして生きるのか。
シンポジウムの本質をわかりやすく示していただくオープニングメッセージをいただき、ありがとうございました。

【ビデオメッセージ】ローマン・クルツナリックさん

Roman Krznaric

ローマン・クルツナリック

イギリスの文化思想家。オックスフォード大学で政治社会学の博士号を取得後、ケンブリッジ大学
とシティ大学ロンドンで社会学と政治学を教え、中央アメリカで人権活動に携わる。2008年、共同
でロンドンに、「スクール・オブ・ライフ」を創設。以降、国連、オックスファムのアドバイザー。オブ
ザーバー紙で「イギリスの傑出したライフスタイルの哲学者」と称された。

「いかにして私たちはよりよき祖先になれるか」の問いの原点『グッド・アンセスター』の著者であり、翻訳者である松本さんとも対話を重ねてきたローマンさん。

「祖先」と聞くと、過去に生きた人たちをイメージしがちですが、未来世代にとっては私たちが「祖先」です。
私たちが過去に意見することができないように、未来世代は今の社会─あらゆる政策や環境破壊など─に意見するすべがありません。それをローマンさんは世代間の不公正と言います。では、どうしたら公正に未来世代へつなぐことができるのか。

そのことを考えるためのヒントとして、ローマンさんは数分の思考の旅(「Human Layers」)を教えてくださいました。

≪Human Layers≫
・目を閉じて深呼吸をしてください。
・あなたが大切に思う若者を想像し、その人の顔を心の中に思い浮かべてください。
・その若者の30年後を想像してください。30年後の顔を思い浮かべながら、その人の人生の喜びや直面しているであろう苦悩を思い浮かべてください。
・目を閉じたまま、若者が90歳になっているところを想像してください。90歳の誕生日パーティーで、家族や友人、恋人、昔の仕事仲間や近所の人たちに囲まれています。
・窓の外を眺めてみてください。どんな世界が広がっているでしょうか。
・またパーティに戻ると、その若者が90歳の誕生日のスピーチをしようとしています。あなたがよりよき祖先であるためにしたこと、彼らの世代に残したポジティブな遺産について話すことにしたのです。
・彼らがあなたについて言ったこと、あなたがしたことについて、少し考えてみてください。
・目を開けて、今この瞬間に戻ってきてください。

ローマンさんは初めての思考の旅で、当時10歳だった娘さんのことを考えたそうです。
そして、娘さんの命を大切にしたいのならば、未来のすべての命 ─見知らぬ人々や地球環境─ を大切にする必要があることに気づいたと言います。

この惑星でこれから生きていくのは誰なのか。少しの具体的な想像力が、今と未来をつなぐのかもしれません。
長期思考のヒントとして、ぜひみなさんもまわりの方とこの思考の旅をしてみてください。

【講演】マリエム・ジャメさん

Marieme Jamme

マリエム・ジャメ

社会起業家。世界経済フォーラムのヤング・グローバル・リーダー。女性に対するデジタル教育の普及活動を行う。iamtheCODE の創設者。少女と若い女性へのグローバル支援を行い、SDGsを推進したとし
て、2017年、ビル&メリンダ・ゲイツ財団監修のグローバル・ゴールキーパー・アワードで「イノベー
ション賞」受賞。同年、BBCの「女性100人」に選出された。

マリエムさんは、冒頭で登壇への感謝をくり返し述べられ、想いのこもった言葉に自然と拍手がおこって講演が始まりました。
地から響くような静かな声で、ゆっくりと語りかける彼女の迫力に、会場は一気に惹きこまれていきました。

マリエムさんは、「iamtheCODE」という組織を作り、世界中で疎外された環境にある若い女性や少女を支援しています。
その活動の背景にある、困難な幼少期について語られた上で、次のことを力強くお話しされました。

・厳しい環境は、目的ある人生をまっとうするための障害にはならない
・時間をかけて、決意を通して、また、親切心・共感・思いやり・真のリーダーシップを通じて、人は変わることができ、行動することができる
・私のレガシーは、私がふれた一人ひとりの人たち、私によって心を変えたすべての人たち、彼らが内省して何かしようという気持ちになることである
・私たちがよりよき祖先になる唯一の方法は、行動を起こす、ということ

上記の言葉を含む締めくくりの一語一語に感動したので原文もご紹介させていただきます。
ご本人が体現されているからこそ心に響くものであり、人を変えていく「声」の力を実感しました。

I want to become a better ancestor. I want to leave a legacy. And my legacy is not I am the code. My legacy is not my business.
My legacy is every single person I touch, every single person I transform their mind, their heart to go back and do something. And that’s why we must look into our Ikigai, look into Ubuntu.
I am here because you are.
And go out there, fix the world, do something, find a meaning, a purpose. The only way you can become a better ancestor is to take action. Thank you.

【対話】ケザン・チョデンT・ワンチュク王女殿下 × フライム・エディ・ホセさん

Her Serene Highness Kesang T Choden Wangchuck

ケザン・チョデンT・ワンチュク王女殿下

ブータン王国王女殿下。ブータン王国の現国王の従妹であり、「タンカ修復センター」のエグゼクティブディレクターとして、現代的な価値を広め、僧侶たちが図像学や管理の方法などを学び、自ら修復・管理・維持ができるようセンターを率いている。ブータンについての著書や文献も発表している。仏教への造詣を深めてほしいという家族の願いから、ニンマ派の大ラマであるディルゴ・キェンツェ・リンポチェに指導を受けていたこともある。

Ephraim “Eddie” Jose

エフライム・エディ・ホセ

アジア絵画修復師。日本に11年間滞在し、故半田達二氏のもとで修行を積み、1998年に外国人として初めて文化庁の文化財保護官に認定された。タンカの修復のほか、美術館やコレクターのために各国で絵画を
修復し、保存修復に関する記事も数多く執筆。講演や実践的ワークショップも行っている。今年5月より、フィリピン屈指の私立総合大学であるデ・ラサール大学にて絵画修復の講師として5年間教鞭をとる。

今回のシンポジウムでは、ブータン王国からアシ・ケサン王女殿下をお招きすることができました。
また、エディさんは、日本で修業を積まれ外国人で初めて文化庁の文化財保護官に認定された方であり、タンカ(仏教絵画)修復および修復者の育成を続けてこられた方です。

シンポジウム前には熊野巡礼をご一緒し、熊野古道を歩いたり神社をお掃除したり、多くの時間を共有させていただきました。
そしておふたりの気遣いや優しさ、気さくでチャーミングでユーモアあふれるお人柄に、多くの気付きをいただきました。

前半は、エディさんから、亡きお父さまからつながるブータンとのご縁、タンカ修復に携わることになった経緯、そして王女殿下との出会いについてお話しいただき、王女殿下からは、ブータン王国のこと、歴史や文化を次世代へ継承すること、御祖母さまの代から続く日本との縁についてお話しいただきました。

後半は、おふたりが熊野で撮った写真を見ながら、巡礼中に感じたことや、今を生きることについて対話いただき、最後に未来世代へのメッセージをいただきました。
素晴らしいお話ばかりですべてを紹介できないことが残念ですが、その中から特に胸に残った言葉を共有させていただきます。

どんなことでも、目を閉じずに開いていてください。この世界にはたくさんの苦しみがあります。世界の市民として目を見開いておいてください。救いは誰にとっても必要だからです。でも、できることは限られています。私たちは自分たちにできることをしようと努める、それで十分なのです。無理はしない。できる限りの人を助ける。難しいことではありません。悲しんでいる人を抱きしめてあげる。孤独を感じている人を笑わせてあげる。そういうことです。
(Ephraim “Eddie” Jose)

・熊野での体験で、私自身は継続している旅の一部でしかないこと、祖先から未来へと続く旅のほんの一部を生きているのだということを実感しました。ブッダ・ダルマは、私たちに種を植えることを教えているのだと思います。ですから、私自身に、そして今日ここに座っている皆さんに、あなたはどのような種を蒔きたいですか、と問いかけたいと思います。
・私たちが確信しているのは、「変化」と「死」だけです。そして、永続性を求める私たちにとって、この2つは多くの苦しみを作り出します。私も何かを残すという意味で永続性を求めてしまいます。でも、同時に思うのは、「変化」を受け入れる、そして、「死」を受け入れるということ。これらを「生きる」ことの一部として受け入れるということです。それはネガティブなことではありません。幸福も苦しみも生も死も、感謝の気持ちを持って受け止めること、これが人のできる経験だからです。
(Her Serene Highness Kesang T Choden Wangchuck)

さいごに

ご登壇者の言葉やご来場・ご視聴くださった皆さんのおかげで、私自身、これまでとこれからを考える機会をいただきました。
そして、「いかにして私たちはよりよき祖先になれるか」という問いに答えはなく、人それぞれ多様なアプローチとプロセスがあること、その中でできることを日々の行動に落としていくことが大事なのだと改めて感じました。

登壇された方々は、私たちは過去から未来へ続くほんの一瞬をいま担っているのだ、と仰っていたように思います。
ひとりで社会や未来を変えることはできなくても、自分の捉え方や行動は変えていくことができます。その積み重ねと広がりが未来へ渡すバトンの色を変えるかもしれません。

「はじまりの集い」とある通り、カンファ・ツリー・ヴィレッジはここから始まります。
未来世代にとってよりよき祖先になるための道を、皆さんと歩んでいきたいと思います。

それをどのように人々や社会とつながる形で行動に移していけるか、私は私の在り方で考え続けたいと思います。
大きな問いだからこそ身近なところから。
皆さんもぜひ、シンポジウムをひとつの機会として、この問いを深めてみてください。

いかにして私たちはよりよき祖先になれるか
“How can we become better ancestors?”

関わってくださったすべての方、そしてこれからご縁のあるすべての方に感謝を込めて。心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。